石田三成
石田治部少輔三成・・・・だから、最初は「治部」と呼んでいました。
しかし、ある日、ひょんな事からくだらない漫画を書いたことがきっかけで、「じぶじぶ」と呼ぶようになりました!
これも、ここのサイトやブログに遊びに来て下さる方々のおかげでありますm(_ _)m
昔はじぶじぶが嫌いでした(爆)
昔の大河ドラマは、たぬやさるの武断派家臣が主流だった感じがありますので、じぶじぶは「悪役」になりがちでした。
しかし、ある程度年を取ってから、じぶじぶの生き方の方が、「潔い」といいますか・・・・
関ヶ原敗戦後、東軍が佐和山城へ攻めてきたとき、じぶじぶが沢山の財を蓄えていると思いきや・・・・・
自分が得た収入は、すべて天下に返すべき・・・という考えから、島左近などの優秀な人材を抱えるなどして、自分の手元に入ってくる収入は、暮らせるだけの分だけだったとか・・・
しかも、無駄な出費をせず、節制をしていたそうですので、佐和山城はきらびやかに飾り立てられた城ではなく、実用的な城だったとか・・・・
もちろん、「財」はありませんでした・・・・
そんな逸話を初めて聞いたときに、私も「治部のような生き方をしてみたい!」と思ったものです
じぶじぶには叶いませんが、今もそう心がけております^^
「融通の利かない」というイメージが強いじぶじぶですが、秀吉が全国統一する際の動きを見てみると、あながちそうでもなさそうです(具体的なことは省略@爆)
しかし、どこか「理想論」的な考えの持ち主でしたので、うまいこと「現実論」と絡め合わせることが出来なかったことが、じぶじぶの命運を決めてしまったような気がします!
それでも、じぶじぶにとっては「豊家第一」を貫く形で散華したので、支配者側にしてみたら、理想的な部下なのではないでしょうか?
    
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