ごろーちゃんのからだの描き方が、ちょいとおかしくなっちゃった・・・
まあ、それはそうと・・・
結局は、あんたらも適当な所で和睦したんだろ〜!と私めは、いろいろと史料や本を読んで、ふと思いました!
↑大森城攻防戦で、一番書きたかったのはこのことだったりします。
だから、もがみんが「サネッティと小野寺が通じていた」と言っていたりもしたのかも・・・
(↑ソースは「秋田最上対決之次第」なので、もがみんが実際そう言っていたかどうかは不明・・・でも、そう思っていた可能性は
高いと勝手に思っております)
まずは、サネッティが真面目にもがみんのために戦おうという気は更々無かったと思いますし、この方結構アレだと思います(笑)
↑そこがサネッティのいい所だと思っております。
いずれにしても、関ヶ原の合戦は、全国各地の諸大名に、いろいろな思惑を抱かせた出来事だと思っております。
↑結果的には、これ以上ない、迷惑千万な出来事だったかもしれません(苦笑)
それは、今の秋田県にいた大名達も例外ではございません!
その中で揺れ動く、私の好きなマイナー武将・ごろーちゃんを題材に小説が書けて楽しかったです!
何はともあれ、ごろーちゃんは、由利口からの敵の攻撃を受けないように画策して、それが成功した・・・・
私はそう思っております。
↑それが例え「贔屓目だ〜!」と罵られようとも・・・・(苦笑)